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天馬とは?『山海経』から漢・晋までイメージの変遷をたどる

天馬とは?山海経から漢・晋までイメージの変遷をたどる 山海経
天馬とは?山海経から漢・晋までイメージの変遷をたどる

現代で「天馬(てんば/てんま)」といえば、翼を持って空を駆ける白い馬を想像します。
いわゆるペガサスのような神聖な存在を思い浮かべるでしょう。

しかし、古代中国の文献に登場する「天馬」は、そのイメージとは大きく異なります。

今回は『山海経(せんがいきょう)』の原文を中心に、
『漢書』『晋書』に至るまで、古代中国の人々の想像力や信仰、自然観の一端に触れてみたいと思います。

hikari
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今回の記事では時代ごとに変化する「天馬」について学んだことをまとめます!

原文(『山海経・北山経』より)

『山海経・北山経』に登場する天馬の原文です。

马成之山有兽焉,其状如白犬而黑头,见人则飞,其名曰天马,其鸣自叫。

山海経・北山経

意味(やさしい日本語訳):

馬成という山には不思議な獣がいる。
姿は白い犬のようで、頭だけ黒く、人を見つけると空へ飛んでいってしまう。
その名は天馬といい、鳴き声は「自分の名前を呼ぶような声」である。

天馬についての資料
晉郭璞傳 ほか『山海經18卷』[2],明刊. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/2555514 (参照 2025-06-01)

画像の左上の翼の生えた犬のような絵がおそらく天馬です。

hikari
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尻尾がくるっとしていて可愛いですね

天馬の特徴

特徴内容
名前天馬(てんば・てんま/tiān mǎ)
姿白い犬のようで、頭だけ黒い
能力人を見ると空へ飛ぶ
鳴き声自分の名前を呼ぶような声
生息地馬成の山(『山海経・北山経』に登場)
見た目の特徴
hikari
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姿はまるで白い犬のようだったというのは衝撃でした!

最も注目すべきは、天馬が「馬」の名前を持ちながら、実際の姿は「白い犬のよう」だと描写されている点です。
加えて、体は白く頭部だけが黒いという独特な配色をしています。

私たちが一般的にイメージする「馬」とは大きく異なる外見をしているのです。

超自然的な能力

天馬の最も顕著な能力は飛行能力です。

「人を見ればすなわち飛ぶ」とあります。
要は人間の姿を見つけると即座に空に舞い上がってしまうのです。

  • 非常に警戒心が強い
  • 人間との接触を避ける

天馬は、そのような性質を持っていることが想像できます。

独特な鳴き声

天馬の鳴き声は「自叫」と表現されています。

これは「自分の名前を叫ぶ」という意味に解釈できます。

hikari
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まるで「テンマ、テンマ!」と自己紹介をするかのように鳴くのかもしれません

動物が自分の名前を発声するという設定は、山海経の中でもユニークな特徴の一つです。

生息地

天馬は「馬成之山(ばせいのやま)」に住むとされています。

この山は山海経の想像上の地名であり、現実の地理とは対応していません。
神獣らしく、神秘的な場所を住処としているのです。

馬成之山についての原文:

又东北二百里,曰马成之山,其上多文石,其阴多金玉。

山海経・北山経

日本語訳:

さらに東北の方向に二百里(およそ80〜100km)進むと、馬成という山がある。
この山の頂上には模様のある不思議な石がたくさんあり、山の陰の部分(北側や影になっている場所)には、金や玉が豊富である。

山海経以外の文献にみる天馬

【漢代】現実との結びつき:汗血馬と神馬信仰

漢代に入ると、天馬のイメージはより現実と結びついていきます。

『史記・大宛列伝』では、大宛国(現在の中央アジア)で得られた名馬が「天馬の子孫」とされています:

马汗血,其先天马子也。

「その馬は汗のように血を流し、天馬の子孫である」との記述は、天馬を外交・軍事上の象徴として神格化する動きの現れといえます。

hikari
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『三国志』にも登場する呂布の愛馬「赤兎馬」は汗血馬の末裔とされることが多く、まるで「天馬の血を引く神馬」として描かれています。

さらに『漢書・礼楽志』では、天馬は神の使いとして描かれます:

天马下,沾赤汗,沫流赭……今安匹,龙为友。

この天馬は、赤い汗を流し、神龍と並び称される特別な存在。
天馬は単なる生物ではなく、「太一神」によってもたらされる神聖な贈り物であり、天命と直結する存在として扱われています。

(太一神とは、古代中国において宇宙の根源とされる神格であり、皇帝の祭祀対象でもありました。)


【三国時代】天馬=異域からの贈り物

『咏懷詩』では、「天馬出西北,由来从东道」と記されています。

これは「天馬は西北(中央アジア方面)からやってきたが、東へと進んできた」という意味です。

ここでは天馬が異国からもたらされる希少な存在として認識されており、王権や統治者に献上される貴重な象徴として描かれています。


【東晋】幻想世界と星座の天馬

『拾遺記・周穆王』には、天馬に類する神馬が多数登場します。

その中には「挟翼(きょうよく)」と呼ばれる、身体に肉の翼を持つ神馬もあり、幻想性が強まっています。

また『晋書・天文志』には次のような記述があります:

王良五星,在奎北……旁一星曰王良,亦曰天马。

ここでは天馬は天の星座の一部として登場し、神の御車を引く存在として天上に昇華されます。

つまり、天馬は現実を超え、神話から天文学へと役割を変えていったのです。


天馬は独特な存在

天馬の現代でのイメージ

現代で「天馬」と聞くと、多くの人はギリシャ神話のペガサスのような翼を持つ白馬、あるいは中国の後世の文学に登場する気品ある馬の姿を思い浮かべます。

これらの「天馬」は美しく勇壮で、英雄を乗せて空を駆けるイメージで親しまれています。

天馬の山海経でのイメージ

しかし、山海経に記された天馬は全く異なります。
白い犬のような体に黒い頭、人を見ると逃げるように飛び去る姿は、後世の勇ましい天馬とは正反対の特徴を持っています。

hikari
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後の勇壮な天馬像とは根本的に異なっていますね!

なぜ人を見て飛び立つのか?(考察)

天馬が「人を見れば飛ぶ」という行動を取る理由について考えてみましょう。

神獣としての純粋性

神獣や霊獣は人間界とは異なる清浄な世界に属する存在とされています。
もしかすると人間との接触は、その純粋性を損なう可能性があるため、本能的に人間を避けるのかもしれません。

これは現代の野生動物の生態にも通じる部分があります。

例えば、野生動物の幼獣に人間が触れると人間の匂いが付着し、その結果、親や群れから拒絶されてしまうことがあります。

同様に、天馬にとって人間との接触は、神獣としての本来の属性や神聖な世界との繋がりを断ち切ってしまう危険性を含んでいるのかもしれません。

天馬が人を見て即座に飛び立つ行動は、神聖な存在としての純粋性を保つための本能的な自己保存行動とも言えるかもしれません。

幻獣としての性質

「見ると飛ぶ」という特徴は、天馬が単なる物理的存在ではなく、幻のような性質を持つことを示している可能性があります。

まるで蜃気楼のように、人が近づくと消えてしまう幻獣的な特性を表現しているのかもしれません。

人間への警告

また、人間が天馬を目撃すること自体が何らかの前兆や警告を意味し、その役目を果たすと同時に姿を消すという解釈も考えられます。

古代の人々にとって、神獣との遭遇は日常とは異なる特別な出来事だったのです。

まとめ

天馬のイメージ

山海経に記された天馬は、現代私たちがイメージする勇壮な空飛ぶ馬とは大きく異なる姿を持つ神秘的な生き物でした。

白い犬のような体に黒い頭、人を見れば空に飛び去り、自分の名前を叫ぶように鳴くという独特な特徴は、古代中国の想像力と自然観を物語っていました。

天馬のイメージは時代とともに変化し、神話から軍事的象徴へ、さらには星座の中にまで昇華されました。

このように古代中国における神話や伝説が、文化や社会の中でどのように生き続けてきたかを調べてみるのも面白いです。

山海経の世界には、天馬以外にも数多くの不思議な生き物たちが登場します。

hikari
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今後もこのサイトでは『山海経』について学んだ記録として定期的に更新していきます!


参考文献・出典

本記事の内容は、中国古代神話書『山海経』に記された「天馬」の記述をもとに、
現代的な視点からその姿・象徴性を読み解いたものです。

記載されている原文や解釈には、筆者による意訳・注釈を含んでおります。
ご理解のうえ、お楽しみいただければ幸いです。

以下の文献・資料を参考にしています:

  • 『山海経 北山経』(晋・郭璞注)18巻本 明刊版
     ※国立国会図書館デジタルコレクションより参照
  • 『山海経―中国古代の神話世界』高馬三良(平凡社ライブラリー)
  • 百度百科 天马について

※ご興味のある方は、原典や図解資料もぜひお手に取ってみてください。
天馬をはじめとする山海経の神獣たちは、今なお私たちの想像力を刺激し、創作や思想の源泉となっています。

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