鸞鳥(らんちょう)という瑞鳥をご存知ですか?
中国最古の地理書ともいわれる『山海経』。
戦国時代から漢代にかけて編纂されたとされるこの古典には、想像を超えた奇妙な動物たちが登場します。
今回ご紹介するのは、その中でも特に美しく、神聖な存在とされる「鸞鳥」です。
この神秘的な鳥は、わずか一文の記述しかありませんが、その短い描写の中に古代中国人の宇宙観や政治思想、美意識が凝縮されています。
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現代まで語り継がれる瑞鳥の魅力を、原文と共に探っていきましょう!
原文(『山海経・西山経』より)
『山海経・西山経』に登場する鸞鳥の原文です。
女床之山,有鳥焉,其状如雞翟,而五采文,名曰鸾鳥,见则天下安宁。
山海経・西山経
意味(やさしい日本語訳):
女床山という山には、ある鳥がいる。
その姿は翟(キジや孔雀のような尾の長い野鳥)に似ており、五色の文様をまとっている。
その名を「鸞鳥」といい、姿を見かけると天下が平穏になるとされている。
このわずか一文に、鸞鳥の外見と、その持つ深い意味が凝縮されています。
古代中国の思想の豊かさを感じることができます。
鸞鳥の特徴

特徴 | 内容 |
---|---|
名前 | 鸞鳥(らんちょう/luán niǎo) |
姿 | キジや孔雀のような尾の長い野鳥に似た姿 |
羽の色 | 五色に彩られている(五采) |
模様 | 文(あや)=美しい模様がある |
特別な能力 | 出現は天下泰平のしるし |
生息地 | 女床山(『山海経・西山経』に登場) |
原文からわかる鸞鳥の姿と特徴
鶏に似た姿—親しみやすい神鳥
「其状如翟(その状、翟のごとく)」とあります。
鸞鳥は翟(キジや孔雀のような尾の長い野鳥)に似た姿をしています。
この「翟」という漢字は、尾羽が長く美しい野鳥を指す言葉なのだそうです。
特にキジや孔雀のような華麗な鳥を意味します。
翟という鳥は、古代中国では非常に重要な意味を持っていました。
その美しい羽は装飾品や儀式用の道具に使われ、特に皇后や高貴な女性の冠飾りに用いられました。
また「翟衣」という最高級の礼服があります。
中国や朝鮮王朝で、皇后や王妃が着用する高級な礼服です。深青色の地に、雉の模様が織り込まれた華やかな衣装です。

鸞鳥が翟に似ているということは、この神鳥が単なる可愛らしい鳥ではなく、堂々とした気品と優雅さを兼ね備えた存在ということでしょう。
長い尾羽を持つ翟の姿は、まさに天上の鳥にふさわしい威厳と美しさを表現していたのかもしれません。
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キジや孔雀は羽を広げた時の美しさが格別ですよね
特に孔雀の羽根の「目玉模様」は、古来より魔除けや吉祥の象徴とされてきました。
鸞鳥もまた、そのような神秘的で荘厳な美しさを持つ鳥として想像されていたのかもしれませんね。
五色の文様—宇宙の調和を表す
「五采文(五色の文様)」は、古代中国で最も吉祥とされる配色です。
この五色(青・赤・黄・白・黒)は、五行思想における木・火・土・金・水と対応し、宇宙の根本的な構成要素を表します。
五行思想では、これら五つの要素が調和することで宇宙の秩序が保たれるとされました。
鸞鳥が五色の文様を持つということは、この鳥自体が宇宙の調和の体現者であることを意味します。
また、五色は方位とも関連します:
- 青(東):春、成長、希望
- 赤(南):夏、情熱、繁栄
- 黄(中央):土用、安定、豊穣
- 白(西):秋、純粋、完成
- 黒(北):冬、神秘、深遠
鸞鳥の羽に描かれた五色の文様は、あらゆる方位からの吉兆を集めた、幸運の象徴だったのです。
現れると天下泰平—政治的な瑞兆
「见则天下安宁(これを見れば天下は安寧なり)」という一文は、瑞兆(めでたい前兆)であることを表しています。
古代中国の政治思想では、君主の徳が高いときに瑞兆が現れるとされました。
これを「天人感応」思想といいます。
天と人間界は連動しており、優れた統治者が現れると天がそれに応えて吉兆を示す、という考え方です。
鸞鳥の出現は、まさにこの天人感応の現れでした。
王が仁徳を持って治めているときにだけ姿を現し、その統治の正当性を天が認めている証拠として機能したのです。
逆に言えば、鸞鳥が現れない時代は、統治に問題があることの暗示でもありました。
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小野不由美先生の小説『十二国記』という作品がありますね。
そこに白雉(二声)という尾の長い鳥が登場しますが、王の「即位」と「崩御」の2度鳴いて死んでしまいます。
天人感応思想に通ずるように感じます!
女床山—鸞鳥の住処とされた聖地
鸞鳥が住むとされるのは「女床山」という山。
『山海経』では、この山は西方にある霊山の一つとして描かれています。
「女床」という名前からは、女性的な優雅さや美しさが連想されます。
実際、この山は美しい鳥や宝石、薬草などの宝物に満ちた場所として描かれており、まさに鸞鳥のような美しい霊鳥が住むにふさわしい聖地とされていました。
西方は古代中国の宇宙観では、白虎が守護する方角であり、秋や収穫、完成を象徴する方位でした。
鸞鳥が西方の山に住むという設定は、この鳥が何かの完成や成就を告げる存在であることを暗示しているのかもしれません。
「鳳凰」との違いとは?—二大霊鳥の比較
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鸞鳥と鳳凰の原文はほとんど同じなんです!
鸞鳥を語る上で避けて通れないのが、同じく五彩の羽を持つ霊鳥「鳳凰」との関係です。
どちらも古代中国で最高位の瑞鳥とされましたが、微妙な違いもあります。
鳳凰の特徴

- より大型で威厳がある
- 雄を鳳、雌を凰と呼び分ける
- 皇帝の象徴として使われることが多い
- より華麗で装飾的な描写
鸞鳥の特徴

- 翟(キジや孔雀)に似た優雅な姿
- 長い尾羽を持つ美しい鳥
- 天下泰平の象徴
- 品格と気品を併せ持つ存在
簡単に言えば、鳳凰が「皇帝の鳥」なら、鸞鳥は「賢君の鳥」とでも言うイメージ。
『和漢三才図会』では「鸞は鳳に次ぐ鳥である」とされ鳳凰に次ぐ存在と位置づけられています。
江戸時代の漢籍注釈書『錦字箋』(黄濬 編)には、
鳳佐鸞 鳥鳳之佐 鳴中五音或云律調 則至 至則鳥舞以和之
黄濬 編『錦字箋』巻之四
と記されています。
これは、鸞が鳳凰を補佐する存在であることを示した記述です。
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他には唐の『初学記』(728年)によれば、鸞は鳳凰の雛とされてるんだそう!
後の時代になると、鸞と鳳凰は夫婦や恋人の象徴としても使われるようになりました。
「鸞鳳和鳴」という四字熟語は、美しい夫婦の調和を表す言葉として今でも使われています。
古代中国における「鸞」のイメージ
「鸞(らん)」という漢字自体が、鳳凰と並ぶ神聖な鳥を意味することは多いです。
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「鸞」という文字が含まれる熟語や表現を見てみましょう!
鸞鳥関連の四字熟語・慣用句
鸞翔鳳集(らんしょうほうしゅう) 賢人たちが一堂に集まることのたとえ。
鸞鳥と鳳凰が飛び交い集まるように、優秀な人材が集結する様子を表現したもの。
跨鸞乗鳳(こらんじょうほう) 仙人が鸞鳥や鳳凰に乗って天空を駆ける様子。
超越的な存在や理想の境地を表現する際に使われる。
鸞鳳和鳴(らんぽうわめい) 夫婦や仲間の美しい調和を表すたとえ。
鸞鳥と鳳凰が美しく鳴き交わすように、互いを理解し合い支え合う関係を指す。
鸞膠鳳絲(らんこうほうし) 非常に貴重で美しいもののたとえ。
鸞鳥の膠(にかわ)と鳳凰の糸という、架空の貴重品を指した表現。
文学作品での「鸞」
古代の詩や文でも「鸞」は清浄・高潔・美しさの象徴として頻繁に使われました。
特に美しい女性や賢者のたとえとして用いられることが多く、その高貴で清らかなイメージが定着していったことからなのでしょうね。
後世への影響—鸞鳥のその後
『山海経』で初めて記録された鸞鳥は、その後の中国文化に大きな影響を与えました。
時代を経るにつれて、その姿や意味は様々に発展していきます。

道教での位置づけ
道教では、鸞鳥は仙人の乗り物や使者として描かれるようになりました。
西王母などの仙女が鸞鳥に乗って天空を駆ける姿は、道教絵画の定番モチーフの一つです。
仏教での受容
仏教が中国に伝来すると、鸞鳥は仏法守護の霊鳥として取り入れられました。
特に観音菩薩の眷属として描かれることが多く、慈悲と清浄を象徴する存在となりました。
民間信仰での展開
民間では、鸞鳥は縁結びや夫婦和合の象徴として親しまれました。
結婚式の飾り物や贈り物に鸞鳥の文様が使われ、幸せな家庭の象徴として定着していきます。
現代への継承
現代でも、中国系の文化圏では鸞鳥は吉祥のシンボルとして愛され続けています。
建築の装飾、工芸品のデザイン、そして企業や店舗の名前にも「鸞」の字が使われることがあります。
類似する世界各地の霊鳥たち
興味深いことに、鸞鳥のような「美しい羽を持つ神聖な鳥」は世界各地の神話に登場します。
ヨーロッパのフェニックス
火の中から蘇る不死鳥フェニックスも、美しい羽と神聖さを併せ持つ霊鳥です。
再生と永遠の生命を象徴する点で、平和と調和を象徴する鸞鳥とは異なりますが、人類普遍の憧れを体現している点では共通しています。
インドのガルダ
ヒンドゥー教の神鳥ガルダも、カラフルな羽と神聖な力を持つ存在です。
ヴィシュヌ神の乗り物として、正義と秩序の象徴とされています。
アメリカ大陸のケツァルコアトル
中南米の神話に登場する羽毛蛇ケツァルコアトルも、美しい羽と神聖さを併せ持つ存在です。
文明と知恵の神として崇められました。
これらの類似性は、美しく神聖な鳥への憧れが人類共通の心理であることを示しているのかもしれません。
おわりに|シンプルな文に込められた神話の魅力
『山海経』の鸞鳥の記述は、たった一文。
しかしその短い中に、美しさ、神聖さ、そして平和の象徴という意味が込められています。
「女床之山,有鳥焉,其状如雞,而五采文,名曰鸞鳥,見則天下安寧。」
現代では、物語風に脚色された鸞鳥も数多く創作されていますが、原文を読むことでその「原型」に触れ、より深く味わうことができます。
これぞ古典の魅力ですね!
デジタル技術が発達し、情報が溢れる現代だからこそ、古典の持つ簡潔で普遍的な美しさが際立って見えるのかもしれません。
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一文の中に込められた世界を読み解く楽しみを、共有できれば嬉しいです!
参考文献
- 『山海経 西山経』(晋・郭璞注)18巻本 明刊版
※国立国会図書館デジタルコレクションより参照 - 『山海経―中国古代の神話世界』高馬三良 訳(平凡社ライブラリー)
- 『山海経の世界』伊藤清司(大修館書店)
- 『和漢三才圖會』 寺島良安
- 『錦字箋』黄濬 編
注記 この記事で使用した現代語訳は筆者によるものです。『山海経』の解釈には諸説あることをご了承ください。