鼓のような音を響かせる、毛の生えた巨大な蛇、その名は「長蛇(ちょうだ)」。
古代中国の地理書『山海経(せんがいきょう)』に登場する長蛇は、ただの怪物ではありません。
人々の暮らしを見守り、家を守る守護神のような役割を持つと伝えられています。
この記事では、『山海経・北山経』の原文や注釈をもとに、長蛇の姿や性質、そして現代で語られるアレンジされた物語を交えながら、「長蛇」の世界を記録します。
原文(『山海経・北山経』より)
『山海経・北山経』に登場する長蛇の原文です。
(曰大咸之山)有蛇名曰长蛇,其毛如彘豪,其音如鼓柝。
山海経・北山経
意味(やさしい日本語訳):
(大咸山という山がある。)
そこには「長蛇」という名の蛇がいて、その毛は豚の剛毛のように硬く、鳴き声は鼓ような音を立てる。
![晉郭璞傳 ほか『山海經18卷』[2],明刊. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2555514 (参照 2025-06-06)](https://tesusabi.com/wp-content/uploads/2025/06/digidepo_2555514_0008-1024x900.jpg)
左のとぐろを巻いた蛇が長蛇とされています。
挿絵では、ツノのようなものが生えてようにも見えます。また、頭に対して胴体は非常に華奢な印象も受けました。
長蛇の特徴
特徴 | 内容 |
---|---|
名前 | 長蛇(ちょうだ/cháng shé) |
姿 | 毛は豚の毛のよう |
鳴き声 | 鼓ような音 |
生息地 | 上大咸山(『山海経・北山経』に登場) |
長蛇が登場する「大咸山」とは?
『山海経・北山経』に登場する大咸山の原文です。
(小咸山)北二百八十里,曰大咸之山,无草木,其下多玉。是山也,四方,不可以上。
山海経・北山経
意味(やさしい日本語訳):
小咸山から北へ280里行くと「大咸山」という山がある。
この山には草木がまったく生えておらず、山のふもとには玉が豊富に産出される。
大咸山は四方から登ることができないほど険しく、人の立ち入ることができない地形をしている。
どこにある山?
『山海経・北山経』によれば、「大咸山」は小咸山から北へ280里(約140km)ほど行った場所にあるとされます。
大咸山の特徴
- 草木が生えていない
- 山のふもとには玉(宝石)が豊富
- 山は四方から登れないほど険しい
→ まさに「聖域」や「禁足地」のような雰囲気があります。
長蛇に関する注釈と文献紹介
- 彘(ち)=豚、豪=剛毛
- 鼓柝(こたく)=鼓や拍子木の音 → 「ドン」「カン」という不穏な響きを想起させる
- 長蛇は「数十丈(30m以上)」にも及ぶ大きさで、鹿や象さえ丸呑みにするとされていました(郭璞注)
文学・地理・演劇に広がる「長蛇」イメージ
用例 | 出典 | 内容 |
---|---|---|
長蛇百尋、飛禽走獣を呑む | 『山海経図讃』 | 巨大な捕食者としてのイメージ |
長蛇が天を揺るがす | 唐詩 | 災厄・戦の象徴 |
百戯に登場 | 『魏書・楽志』 | 舞台での演目に |
長江=長蛇 | 太平天国 | 自然そのものの比喩として |
→ 「長蛇」は神獣でありながら、古代中国人にとって力や自然の象徴でもありました。
子ども向けの創作絵本に描かれた長蛇
最近では、長蛇は子ども向け書籍でも紹介されています。
例えば、ある本では村を守る「優しい神獣」として描かれ、悪党が襲ってきたときに「ドン!」と太鼓のような音と共に登場し、村人を救うエピソードが語られています。
原典の怖さとの違い
『山海経』ではやや不気味な印象ですが、絵本では親しみやすく、人を守る存在として再解釈されています。
まとめ|長蛇って結局どんな存在だったの?

毛のある巨大な蛇、そして太鼓のような鳴き声。
それだけでも十分に魅力的ですが、「長蛇」は古代中国人にとって、自然の神秘・災厄の象徴・守護の力などさまざまな意味を背負った存在でした。
『山海経』という古典を通して、こうした神獣の背景にある文化や価値観を読み解くのもとても面白い体験です。
ぜひ、長蛇の“鼓のような音”に耳をすませながら、あなた自身の想像の旅を広げてみてください。
参考文献
- 『山海経 北山経』(晋・郭璞注)18巻本 明刊版
※国立国会図書館デジタルコレクションより参照 - 『山海経―中国古代の神話世界』高馬三良(平凡社ライブラリー)
- 『这才是 孩子爱看的 山海经』北京理工大学出版
- 百度百科 長蛇について
注記 この記事で使用した現代語訳は筆者によるものです。『山海経』の解釈には諸説あることをご了承ください。