中国神話には多くの龍が登場します。その中でも「翼を持つ龍」として特に異彩を放つ存在がいます。
それが応龍（おうりゅう）です。
この記事では、古代中国の地理書『山海経』に記された応龍の姿。
そしてその神話的背景、文化的な意味合いについて解説していきます。
『山海経』における応龍の描写
『山海経・大荒東経』の原文
（凶犁土丘）应龙处南极，杀蚩尤与夸父，不得复上，故下数旱。旱而为应龙之状，乃得大雨。
山海経・大荒東経
意味（やさしい日本語訳）：
（凶犁の土丘に）応龍は南極に住んでいる。
蚩尤（しゆう）と夸父（こほ）を殺したため、天に再び昇ることができなくなり、そのため地上ではしばしば旱が起こる。
旱のときに応龍の姿をかたどると、大雨を得ることができる。
『山海経・大荒北経』の原文
”蚩尤と夸父を殺した”という部分に関しては『山海経・大荒北経』でも明記されています。
应龙已杀蚩尤，又杀夸父，乃去南方处之，故南方多雨。
蚩尤作兵伐黄帝，黄帝乃令应龙攻之冀州之野。应龙畜水，蚩尤请风伯、雨师，纵大风雨。
山海経・大荒北経
意味（やさしい日本語訳）：
応龍はすでに蚩尤を殺し、さらに夸父も殺した。その後、南方へと去り、そこに住まうようになった。そのため、南方では雨が多い。
蚩尤が兵を起こして黄帝を討伐した時、黄帝は応龍に命じて冀州の野でこれを攻撃させた。応龍は水を蓄え、蚩尤は風伯・雨師に請い、大風雨を起こした。
まとめると…
「天に昇れなくなった神」
応龍は蚩尤・夸父という強大な存在を倒したものの、その代償として天に戻ることが許されず、地上にとどまり続ける運命を負いました。
これは、力ある存在の悲劇性を象徴するエピソードにも受け取れます。
「南方の雨神」
応龍は南方に居住するとされ、その地には雨が多く降るとされます。
これは彼が雨を司る霊獣として信仰された証拠かもしれません。
「旱魃との関連」
応龍が天にいない（戻れない）ために雨が降らず、干ばつが起きるとされました。
この発想は、天上の秩序が崩れたことによる自然異変を象徴しています。
「雨乞いの儀式」
干ばつの際には「応龍の像」を作ることで雨を呼ぶことができると信じられています。
これは応龍信仰が民間呪術と結びついていたことを示しています。
「水を蓄える龍」
応龍は「水を蓄え操る」力を持ち、戦の中では水攻めを行う存在として登場します。
蚩尤はこれに対抗するため、風伯・雨師を呼び寄せて暴風雨を起こしました。
こうした描写から、応龍は単なる戦神にとどまらず、水・雨・豊穣を司る神獣としての象徴性も帯びていると考えられます。
応龍とは何者か？
応龍は、中国神話では翼を持つ龍神として描かれます。
- 翼を持つ
- 黄帝の助手として戦う
- 古代の雨神として敬われる
一般的な龍とは異なり、「飛ぶ」能力が強調され語られます。
『山海経』や『三才図会』では、まるでコウモリのような翼で描かれています。
しかし『和漢三才図会』では体は魚で鳥のような翼を持つ姿で描かれ、神話・道教・民間信仰のなかで姿を変えながら語り継がれてきたようです。
中国古典の中でも特に『山海経』での応龍は戦神のような役割を果たし、時には天の命を受けて戦いに参加し、時には雨をもたらす神聖な力を持つ存在として描かれます。
応龍はなぜ翼を持つのか？
『三才図会』では「恭丘山有應龍。應龍，翼龍也。」と記されています。
恭丘山には翼を持つ龍・応龍がいるという意味です。
中国の龍は四足で翼を持たないのが一般的ですが、応龍だけは例外的に「翼を持つ龍＝飛翔する龍」として描かれています。
応龍の敵「蚩尤」と「夸父」とは？
また、神話を理解するうえで欠かせないのが、蚩尤と夸父です。
- 蚩尤（しゆう）：武神・戦神として知られ、黄帝と天下を争った強大な存在。南方の神として祀られる地域もあります。
- 夸父（こほ）：太陽を追いかけて死んだ伝説上の巨人。自然への挑戦者として描かれますが、必ずしも「悪」ではありません。
彼らを「倒した」ことで戦いを終えたものの、天に戻れなくなったというのが『山海経』におけるストーリーです。
応龍は黄帝の味方だったのか？
- 『太平御覧』の伝承でも「天帝が応龍を遣わした」と語られている
- 応龍は天命の執行者＝黄帝が正統であることの証？
原文（例：太平御覧 巻79「神下」より）
蚩尤作兵伐黄帝，黄帝乃令應龍攻之冀州之野。應龍蓄水，遂殺蚩尤。
太平御覧 巻七十九
（直訳）
蚩尤が黄帝に兵を仕掛けたので、黄帝は応龍に命じて冀州（現在の河北省涿鹿周辺）の野で攻撃させた。応龍は水を蓄え、そしてついに蚩尤を殺した。
- 「黄帝乃令應龍」：黄帝が応龍を送って戦わせたと明確に書かれています。
- 「應龍蓄水」：応龍による「水の操作」が戦術のキーとなっています。
- 「遂殺蚩尤」：応龍が蚩尤を倒したと断言されています。
現代における応龍のイメージ
応龍は今日、ゲームやファンタジー作品にもたびたび登場します。
たとえば中国のRPGやアニメでは「聖なる龍」「天空の守護者」として描かれることが多く、伝統的イメージに忠実な場合もあれば、より英雄的にアレンジされた表現も見られます。
まとめ｜応龍は神話と祈りの交差点
『山海経』に登場する応龍は、古代中国人の自然観・戦争観・祈雨文化が凝縮された存在です。
- 戦神として黄帝に仕えた神獣
- 雨を司る天と地の架け橋
- 民衆の祈りの対象となった雨乞いの象徴
このように、応龍は多面的な存在です。
神話の断片からその姿をたどることで、古代の人々の「生と自然」との向き合い方が、今なお私たちに語りかけてきます。
今後もこのサイトでは『山海経』について学んだ記録として定期的に更新していきます。
参考文献
- 『山海経 大荒東経・大荒北経』（晋・郭璞注）18巻本 明刊版
※国立国会図書館デジタルコレクションより参照 - 『山海経―中国古代の神話世界』高馬三良（平凡社ライブラリー）
- 『和漢三才図会』より應龍
- 『太平御覧』巻七十九
- 百度百科 应龙について
注記 この記事で使用した現代語訳は筆者によるものです。『山海経』の解釈には諸説あることをご了承ください。
