中国といえば思い浮かぶ衣装、チャイナドレス。
私が初めてチャイナドレスを着たのは、日本の燕趙園という中国庭園の衣装レンタルでした。
その後、中国・街子古鎮で自分の一着を購入したとき、あらためてその美しさと背景にある歴史に惹かれました。
この記事では、そんなチャイナドレスの歴史と変遷をたどります。
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「チャイナドレスってどこから来たの?」「いつから今のような形になったの?」
そんな疑問に答えながら、伝統衣装が時代とともにどう姿を変えてきたのかを見ていきましょう。
チャイナドレスの歴史と魅力|清朝から現代まで続く美の変遷
エレガントで美しいシルエットが印象的なチャイナドレス。
中国語で「旗袍(チーパオ)」と表記されます。
この伝統的な衣装は、実は数百年にわたって時代とともに姿を変えながら現代まで受け継がれてきました。
満族の民族衣装から始まり、上海のモダン文化で花開き、そして現代の多様なファッションシーンで愛され続けているチャイナドレスの歴史と魅力を、私自身の体験も交えながらご紹介します。

チャイナドレスのルーツ|清朝の「旗装」とは
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チャイナドレスには原型があります。
現在私たちがイメージするチャイナドレスの起源は、清朝時代(1644~1912年)に満族女性が着用していた「旗装(チィズァン)」という民族衣装にさかのぼります。
さらにその旗装の原型を探ると、モンゴル民族の伝統衣装「デール(deel)」にたどりつくといわれています。
満洲族(女真族)は清朝を建国する以前からモンゴル系遊牧民との関わりが深く、そのため衣服の構造や着方に多くの共通点が見られるのです。
旗装とデールの共通する特徴
旗装とデールには以下のような共通した特徴がありました。
- 前合わせで留める構造をもち、交差させずに直線的
- 長袖でゆとりのあるシルエット
- 馬に乗ることを想定したスリットや動きやすい設計
これらは現代のボディラインを強調するチャイナドレスとは大きく異なるものでした。
満族のアイデンティティを表す旗装
旗装は満族のアイデンティティを象徴する重要な文化的要素でした。
髪型である「大二把頭」や頭部の装飾品「大拉翅」と組み合わせて着用され、満族女性の美意識が表現されていました。
清朝が中国を統治していく過程で、漢族との文化的融合も進んでいきました。
特に皇后の礼装などでは、伝統的な形式を保ちながらも時代とともに変化していったのです。
中華民国期の大変身|モダンチャイナドレスの誕生
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20世紀初頭、特に1920年代から1940年代にかけて…
チャイナドレスは劇的な変化を遂げました。
この変革の舞台となったのが、国際都市として発展していた上海でした。
上海では西洋の文化が流入し、新しい流行文化が花開いていました。
この時代に、従来のゆったりとした旗装は、西洋のファッション感覚を取り入れた「スリムな旗袍(チーパオ)」へと進化しました。
その特徴は…
- ボディラインを美しく強調するシルエット
- 足首まで続く深いスリット
- 袖の形もさまざまで、長袖・半袖・ノースリーブなどバリエーション豊か
そして繊細な装飾が施された現代的なチャイナドレスの基本形が確立されたのです。
当時の女優や名家の令嬢たちがこのモダンなチャイナドレスを着こなし、エレガンスと洗練の象徴として社会に定着していきました。
この時代のチャイナドレスは、伝統と革新が融合した、まさに時代の象徴的な衣装でした。
社会主義時代の停滞と再評価
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1949年の中華人民共和国成立後。
1950年代から1970年代にかけて、チャイナドレスは一時的な停滞期を迎えました。
この時代は「人民服」が標準的な服装とされます。チャイナドレスは旧文化な象徴とみなされ、公式な場面での着用が大幅に減少しました。
しかし、文化的な価値の高いチャイナドレスが完全に消え去ることはありませんでした。
結婚式や舞台衣装、特別な祝い事などの場面で受け継がれ続けていました。
この時代を通じて、チャイナドレスは表舞台から姿を消しながらも、文化的なアイデンティティの一部として静かに生き続けていたのです。
現代におけるチャイナドレスの多様化
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1980年代からチャイナドレスは再び注目を集めるようになりました。
現代では、さまざまな場面でチャイナドレスが愛用されています。
フォーマルな結婚式では、赤色の美しい旗袍が花嫁衣装として定着しています。伝統的な赤い色は幸運と繁栄を象徴し、特別な日を彩る重要な役割を果たしています。
また、成都、重慶、西塘などの観光地では、チャイナドレスの専門店が人気となっています。
中国出身の後輩に聞いたところ、特に最近は若い世代の中でブームとなっているようです。
観光客が美しい古い街並みを背景に、チャイナドレスを着て写真撮影を楽しむ。そんな光景は、現代中国の新しい文化体験として定着しています。
現代のチャイナドレスは伝統的なデザインに留まらず、
- チェック柄や現代的な色合いやパターンを取り入れたもの
- ベルベット素材やレース素材を使用したもの
など、多様なアレンジが施されています。
伝統を尊重しながらも、現代の生活スタイルやファッション感覚に合わせて進化し続けているのです。
チャイナドレスとの私的な出会い
初めて袖を通した日(鳥取・燕趙園)
私が初めてチャイナドレスを着たのは、鳥取県にある中国庭園「燕趙園」です。
当時、中国庭園「燕趙園」では衣装レンタルサービスがありました。
旅行の思い出に、美しい中国式庭園の中でチャイナドレスを着て楽しむ機会がありました。
美しい中国式庭園を歩きながら、チャイナドレスが持つ独特の美しさと、背筋が自然に伸びるような凛とした気持ちを実際に体験することができました。

街子古鎮で自分の一着を購入

その後、実際に中国を訪れた際、四川省の街子古鎮という伝統的な古い町でのことです。
石畳の道、古い建物が立ち並ぶ美しい町並みの中で、小さなチャイナドレス店を発見したのです。
店内では様々なデザインのチャイナドレスが並んでいました。
特に印象深かったのは、店員さんが自然にチャイナドレスを着こなしている姿でした。
彼女にとってチャイナドレスは特別な「民族衣装」ではなく、日常の一部として息づいている文化そのものでした。
その姿を見て、チャイナドレスが単なるファッションアイテムではなく、生きた文化であることを実感しました。
まとめ|チャイナドレスは”生きている文化”
チャイナドレスの歴史を振り返ると、この美しい衣装が時代の流れとともに絶えず変化し続けてきたことがわかります。
清朝時代の厳格な旗装から、上海のモダンな旗袍へ、そして現代の多様なスタイルへと、その時代のニーズと美意識に合わせて進化してきました。
着る人の個性を引き立てながら、同時に豊かな文化的背景を伝える力も持っています。
最近でもチャイナドレスにインスパイアされた作品を見かけることは多いです。
なので、これからもチャイナドレスは変化し続けると思います。
新しい素材、新しいデザイン、新しい着こなし方が生まれ、次世代の人々に愛され続けていくと感じました。
参考サイト
- チャイナドレス博物館「旗袍的新故事」
- 有縁ネット651中国の三面記事を読む(173)チーパオは漢族の独創作品(上)