古代中国の神話・地誌である『山海経』には、さまざまな神獣・妖獣が登場します。
その中でも、今回は「豊穣」をもたらす瑞獣として知られる「当康(とうこう)」についてご紹介します。
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豚は中国では富や繁栄の象徴で、縁起のいい生き物だそうです
原文(『山海経・東山経』より)
『山海経・東山経』より、当康に関する記述は以下の通りです。
钦山有兽焉,其状如豚,而有牙,其名曰当康,其鸣自叫,见则天下大穰。
山海経・東山経
意味(やさしい日本語訳):
欽山には一種の獣がいて、姿は豚に似ており、牙を持っている。
その名は当康といい、鳴き声は「自分の名前を呼ぶような声」である。
当康が姿を現すと、天下は豊作になる。
当康の特徴
特徴 | 内容 |
---|---|
名前 | 当康(とうこう/dāng kāng) |
姿 | 豚(猪)のような姿で牙がある |
鳴き声 | 自分の名前を呼ぶような声 |
特別な能力 | 出現は豊作のしるし |
生息地 | 欽山(『山海経・東山経』に登場) |

当康の神話的ストーリー
子ども向けに再話された物語では、欽山のふもとに住む人々が水不足と不毛な土地に苦しむ中、当康が現れたことで状況が一変します。
- 当康はその牙で土を掘り、水脈を引き、土地を肥沃に変えた。
- 荒地だった村に作物が実り、人々は飢えから解放される。
- その功績から、当康は「五穀豊穣をもたらす瑞獣」として人々に愛される存在になった。
「身形像猪,嘴露獠牙(体は豚のよう、口には獠牙が露出)」と表現され、親しみやすくも威厳のある姿として描かれています。
当康の神話的能力と属性
瑞獣としての分類:
当康は「瑞獣(ずいじゅう)」に分類される神獣です。
瑞獣とは、その出現が吉兆を意味し、人々に幸福をもたらす神聖な獣のことです。
中国神話における瑞獣の代表を挙げると…
- 龍(りゅう)- 皇帝権力と天の加護
- 鳳凰(ほうおう)- 平和と繁栄
- 麒麟(きりん)- 仁政と賢君の出現
- 白沢(はくたく)- 災厄の回避と知識
- 当康(とうこう)- 農業の豊穣
当康は農業に関連する特殊能力を持つ:
- 土地改良能力: 神話的ストーリーでは、当康の牙が大地を耕し、不毛な土地を肥沃な農地に変える力があるとされています。
- 水脈開拓: 干ばつに苦しむ地域に現れ、その牙で地面を掘って新たな水源を開拓する能力。
- 作物成長促進: 当康が通った場所では、作物の成長が著しく促進され、通常の何倍もの収穫が得られる。
- 気候調節: 当康の存在により、その地域の気候が農業に適した状態に調整される。
後世の神話的伝承による当康の姿
当康について調べる中で百度百科では以下のように紹介されていました。
当康是一个“其形如猪,身长六尺,高四尺,浑身青色,两只大耳,口中伸出四个长牙,如象牙一般,抱在外面”的怪兽。
百度百科
当康是中国古代神话传说中的瑞兽,传说在丰收的年岁里鸣叫着自己的名字跳着舞出现。
当康は体長六尺(≒約180cm)、高さ四尺(≒約120cm)。
全身が青く(玄青や藍青)、二つの大きな耳を持つ。
口の中からは四本の象牙のような牙が外側に抱えるように突き出ている。
当康は中国古代神話における瑞獣であり、豊作の年になると「当康」と自分の名を鳴きながら、踊り跳ねて現れると伝えられている。
サイズや全身の色、牙の本数などの特徴は古典文献では見当たない特徴です。
約2000年にわたって継承・発展してきたことによってできた概念かもしれせん。

記述の発展過程
原典(『山海経』)→ 中世の注釈(郝懿行など)→ 明清の図説書 → 現代の再話
この過程で、簡潔だった記述が次第に具体化・詳細化され、視覚的で親しみやすい形に変化してきたのでしょう。
特に「踊りながら現れる」という要素は、豊穣祭の踊りと当康信仰が結びついた結果かもしれません。
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豚が富や繁栄の象徴になった根源でもあるかもしれませんね!
「自分の名前を鳴く」という独特な特徴
当康のユニークな点は、「自分の名を呼ぶような鳴き声」。
原文では「其鸣自叫」とあり、「ダンカン、ダンカン!」と自分の名を叫ぶということなのでしょう。
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ピカチュウが「ピッカチュ〜!」と鳴くのと同じイメージですね!
神話の中では、声そのものが吉兆のしるしとされていることもあります。
「当康」と「大穰」の音は類似してる?
清代の学者・郝懿行による注釈では、当康の名前に関する内容があります。
当康大穰,声转义近,盖岁将丰稔,兹兽先出以鸣瑞。
山海経箋疏
この解釈によると:
- 「当康」と「大穰」は発音的に類似
- 「大穰」は「大いに豊作」という意味
- 音の類似性により、豊穣の象徴として理解された
古代中国では「当康」と「大穰」がどのように発音されていたのかはわかりませんが、これらの音は似ていると記されているようです。
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村のみんなで「大穰!大穰!」と踊っていたら隣の村まで響いて、当康が現れたと盛り上がっていったのかもしれませんね
欽山という舞台
神話地理学的位置
当康の生息地とされる「欽山(きんざん)」は、『山海経』に記録された神話的な山の一つです。
『東山経』における位置:
東山経は、古代中国の東方地域の山々を記録した巻です。
そして欽山もこの地域内の神話的な山として位置づけられています。
他の神獣との関係:
欽山には当康以外にも、さまざまな神獣が棲息するとされています。
- 様々な鳥類の神獣
- 薬草や霊石の守護獣
- 水を司る龍系の神獣
農業地帯としての東方
中国において、東方地域では農業が盛んなようですね。
黄河流域の土壌の豊かな土地では、古くから稲作や麦作が行われていて、当康のような「豊穣の神獣」が生まれるやすいのかもしれません。
おわりに
当康は、姿こそ豚に似ていても、牙を武器に大地を耕し、人々に豊かな実りをもたらす神獣でした。
『山海経』の中でもとりわけポジティブな存在であり、「収穫」「平和」「繁栄」の象徴として語り継がれています。
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今後もこのサイトでは『山海経』について学んだ記録として定期的に更新していきたいと思っています!
参考文献
- 『山海経 東山経』(晋・郭璞注)18巻本 明刊版
※国立国会図書館デジタルコレクションより参照 - 『山海経箋疏』郝懿行の注釈 2-37
- 『这才是 孩子爱看的 山海经』北京理工大学出版
- 百度百科 当康について
注記 この記事で使用した現代語訳は筆者によるものです。『山海経』の解釈には諸説あることをご了承ください。